「なぜ一番簡単な解決策を選ばなかったのか?」——株式会社イソジ製作所が挑んだ、毎日30分の“台車探し”撲滅プロセス

「おい、なんで空の台車が1台もないんだ!」 工場のあちこちから聞こえてくる、職人たちの苛立ちの声。 埼玉県内で精密板金加工を手掛ける株式会社イソジ製作所の現場では、長年「あるムダ」が日常の風景として放置されていました。それは、1日平均30分にも及ぶ「台車探し」と「通路の渋滞による待ち時間」です。 一見、単純に思えるこの問題。しかし、解決に至るまでの道のりには、現場の猛反発と、安全基準を巡る経営陣の葛藤がありました。同社の製造部リーダー・山田さんと、工場長の佐藤さんに「改善の裏側」を伺いました。

目次

「なんでこんなに台車を探しているんだ?」

――まずは、現場で起きていた「ムダ」と、その時の違和感について教えてください。

山田(製造部リーダー):

うちの工場では、プレス機から溶接工程へ部品を運ぶ際、キャスター付きの台車を使っています。ある時、ふと現場を見渡すと、職人たちが作業そっちのけで工場内を歩き回っていたんです。

「なんでこんなに台車を探しているんだ?」

その違和感を皮切りに、現場を観察すると、原因は明白でした。当社の工場では、作業スピードの違う各工程の間に「共有の一時置き場」を設けています。職人は加工が終わった部品を台車に乗せてそこへ持っていくのですが、そこで部品を下ろさず、「台車ごとそこにキープ(放置)」して自分の機械に戻っていたんです。次に誰がいつ作業するか分からないため、一時置き場には部品が乗ったままの台車が何十台も溜まり、完全に「台車の駐車場」と化していました。

――なるほど、それで工場中から空の台車が消えていたのですね。

山田:

その通りです。いざ部品を運ぼうとしても空の台車がなく、見つけても今度は「一時置き場の周りに台車が溢れかえっていて、それをパズルのようにどかさないと通路が通れない」という渋滞の待ち時間が発生していました。計測してみると、この「探す・待つ」だけで、1人あたり1日20〜30分のロスが発生していたんです。

 

――それは大きなロスですね。その問題に対して、最初はどうやって解決しようとしたのでしょうか?

山田:

一番シンプルに「台車の数を今の1.5倍に増やせばいい」と考えました。現場からも「台車が足りないから買ってくれ」という要望がずっと出ていましたから。新しい台車を買えば、今の「一時置き場に放置する」というやり方を変えずに済みますし、探す手間もなくなります。現場にしてみれば、一番面倒がなくて手っ取り早い選択に見えたんです。でも、工場長に提案したら即却下されました。

――現場の要望だったにも関わらず、なぜ却下したのですか?

佐藤(工場長):

現場が求めたやり方は、根本的な解決にならない一時しのぎだったからです。

これ以上台車を増やすと、一時置き場の周りの「はみ出し」がさらに悪化し、通路が完全に塞がれてしまいます。労働安全衛生規則などで定められた「安全通路(最低80cm幅)」の基準を恒常的に割り込むことになり、接触事故や火災時の逃げ遅れに直結します。安全を脅かしてまでやる改善はありません。だから、その案は差し戻したんです。

現状維持の壁と「判断の瞬間」

――一番簡単な「台車を増やす案」が消え、次はどうしたのでしょうか。

山田:

次に「一時置き場に立体ラック(多段棚)を設置する」という案を出しました。

ラックなら縦の空間を使えるため、台車1台分のわずかなスペースに3台分の部品を置けますし、床に固定するので通路にはみ出す心配もありません。

そこで、一時置き場まで運んできた部品は「台車からラックの棚に移し替え、空になった台車はすぐに自分の機械へ持ち帰る」という運用をテストしようとしたんです。しかし、ここで議論が完全にストップしてしまいました。現場からの猛反発に遭ったんです。

――現場の反発はどれくらい強かったのですか?

山田:

対象となる職人10人のうち、ほぼ全員が反対の姿勢を見せました。

「今まで台車ごと置いていけば一瞬で終わっていたのに、わざわざラックに持ち上げて移す(横持ち作業)なんて完全な二度手間だ」「重い金属を上げ下げして腰を痛める」という声が噴出しました。

彼らにしてみれば、「台車を探す不便さ」はあっても、それはすでに毎日の日常でした。そこに「重いものを積み替える」という新しい身体的負担と手間の増加が追加されることへの強い拒絶反応が起きたんです。私自身も「探す時間は減っても、疲労が増えるなら意味がない」と言われ、反論できずに活動が2週間ほど宙に浮いてしまいました。

――その2週間の空転期間、どのように打開策を探ったのでしょうか。

山田:

現場の「腰を痛めるから嫌だ」という声を裏を返せば、「持ち上げる負担さえ無くなれば、台車からラックへの移し替え自体はやってくれる」ということです。そこで、重いものを持ち上げずに済む方法を探しました。

いつも工場に出入りしている機械工具の業者を捕まえて、「腰を曲げずに、重いものを横にスライドさせるだけで済むような台車はないか?」と相談したんです。そこで提案されたのが、ペダルを踏むと荷台が持ち上がる「油圧式のハンドリフター」でした。

これを使えば、ラックの高さまで台車の荷台を上げて、部品を持ち上げずに横へ「スライドさせるだけ」で済みます。すぐにその業者に見積もりを出してもらい、佐藤工場長に「これを導入してほしい」と直談判しました。

――なるほど、現場の声を汲み取ってリーダーが設備を見つけてきたのですね。工場長は、その提案を受けてすぐ決断できたのでしょうか?

佐藤(工場長):

正直、数十万円の油圧式リフターを導入するという決裁には迷いました。ROI(投資対効果)が即座に見えるわけではなく、現場の反発がこの設備投資で本当に解けるかどうかも、やってみないと分からなかったからです。

しかし、「もしリフターを入れなかったらどうなるか」を考えました。現場に身体的負担を強いてルールだけを押し付ければ、必ず形骸化します。そして何より「会社は現場の声を聞き入れない」という不信感に繋がり、今後のすべての改善活動が止まってしまう。そう考えた時、迷いは消えました。

――その「決断の瞬間」は、現場にどう伝えられたのでしょうか。

佐藤(工場長):

山田と現場の職人を集めて、こう伝えました。

「安全通路は絶対に守る。その代わり、腰への負担をなくすための設備投資は会社が持つ。だから、安心して新しいやり方を試してくれ」

現場に負担増加のリスクを負わせず、会社側でカバーする。これが、現場が納得して動いてくれた最大の理由だと思います。

現在の変化と、まだ残っている課題

――改善を実施して、現在現場はどう変わりましたか?

山田:

台車を探して歩き回ることは、ほぼゼロになりました。一時置き場の周りの渋滞も解消し、通路は常に80cm以上の幅が確保されています。1日30分あったロスが今は5分程度にまで短縮されました。浮いた時間で次工程の準備ができるようになり、目に見えて生産ペースが安定しています。

――大成功ですね。では、もう課題はないのでしょうか?

山田:

いえ、実は思わぬ課題が残っています。リフターのおかげで積み替えの負担はなくなったんですが、今度は「空になった台車をそこに置きっぱなしにして、手ぶらで自分の持ち場に帰ってしまう」というミスが続出しているんです。

――なるほど! 今まで「台車ごと置いて帰る」のが当たり前だったから、無意識に置いていってしまうんですね。

山田:

その通りです。リフターで棚に移し替えると「あー終わった」と安心してしまい、長年のクセで手ぶらで歩き出してしまうんです。自分の機械に戻ってから「あ、台車忘れた!」とまた一時置き場に取りに行く羽目になっています(笑)。

設備の導入で負担を取り除くことはできても、「人の無意識の習慣」を上書きするのが一番難しいと痛感しています。今は台車の持ち手に「空の台車は持ち帰る!」と大きなシールを貼って、定着を図っている最中です。改善に「これで終わり」はないですね。

<今回の判断ポイント>

① 台車追加 vs 安全基準

→ 安全優先(根本的な解決にならない一時しのぎを却下)

② 横持ち負担(現場の反発) vs 滞留解消

→ 設備投資で解決(ルールの押し付けではなく、会社が負担を引き受ける)

③ 設備導入 vs 人の習慣

→ 継続改善(設備を入れただけで終わらせず、日々の対話で新しい状態を定着させる)