
「なんでこんなに台車を探しているんだ?」
――まずは、現場で起きていた「ムダ」と、その時の違和感について教えてください。
山田(製造部リーダー):
うちの工場では、プレス機から溶接工程へ部品を運ぶ際、キャスター付きの台車を使っています。ある時、ふと現場を見渡すと、職人たちが作業そっちのけで工場内を歩き回っていたんです。
「なんでこんなに台車を探しているんだ?」
その違和感を皮切りに、現場を観察すると、原因は明白でした。当社の工場では、作業スピードの違う各工程の間に「共有の一時置き場」を設けています。職人は加工が終わった部品を台車に乗せてそこへ持っていくのですが、そこで部品を下ろさず、「台車ごとそこにキープ(放置)」して自分の機械に戻っていたんです。次に誰がいつ作業するか分からないため、一時置き場には部品が乗ったままの台車が何十台も溜まり、完全に「台車の駐車場」と化していました。
――なるほど、それで工場中から空の台車が消えていたのですね。
山田:
その通りです。いざ部品を運ぼうとしても空の台車がなく、見つけても今度は「一時置き場の周りに台車が溢れかえっていて、それをパズルのようにどかさないと通路が通れない」という渋滞の待ち時間が発生していました。計測してみると、この「探す・待つ」だけで、1人あたり1日20〜30分のロスが発生していたんです。

――それは大きなロスですね。その問題に対して、最初はどうやって解決しようとしたのでしょうか?
山田:
一番シンプルに「台車の数を今の1.5倍に増やせばいい」と考えました。現場からも「台車が足りないから買ってくれ」という要望がずっと出ていましたから。新しい台車を買えば、今の「一時置き場に放置する」というやり方を変えずに済みますし、探す手間もなくなります。現場にしてみれば、一番面倒がなくて手っ取り早い選択に見えたんです。でも、工場長に提案したら即却下されました。
――現場の要望だったにも関わらず、なぜ却下したのですか?
佐藤(工場長):
現場が求めたやり方は、根本的な解決にならない一時しのぎだったからです。
これ以上台車を増やすと、一時置き場の周りの「はみ出し」がさらに悪化し、通路が完全に塞がれてしまいます。労働安全衛生規則などで定められた「安全通路(最低80cm幅)」の基準を恒常的に割り込むことになり、接触事故や火災時の逃げ遅れに直結します。安全を脅かしてまでやる改善はありません。だから、その案は差し戻したんです。
現状維持の壁と「判断の瞬間」
――一番簡単な「台車を増やす案」が消え、次はどうしたのでしょうか。
山田:
工場長から「これ以上、平面(床)にモノを広げるな」と突き返された後、もう一度現場に立って一時置き場を眺めました。
通路は塞げない。でも、工程のスピードが違う以上、仕掛品を一時的にプール(貯めておく)場所はどうしても必要です。
「床の面積を広げずに、置ける量を増やすにはどうすればいいか……」
と悩んでいた時、ふと上を見上げたんです。
床は台車でギッシリでしたが、その上の空間は天井までガラ空きでした。
「そうだ、横に広げられないなら、縦の空間を使うしかない」と気づいたんです。
そこで次に、「一時置き場に立体ラック(多段棚)を設置する」という案を出しました。
ラックなら縦の空間を使えるため、台車1台分のわずかな床面積に3台分の部品を置けますし、床に固定するので通路にはみ出す心配もありません。さらに、コストも掛かりません。そこで、一時置き場まで運んできた部品は「台車からラックの棚に移し替え、空になった台車はすぐに自分の機械へ持ち帰る」という運用をテストしようとしたんです。
しかし、ここで議論が完全にストップしてしまいました。現場からの猛反発に遭ったんです。
――現場の反発はどれくらい強かったのですか?
山田:
対象となる職人10人のうち、ほぼ全員が反対の姿勢を見せました。
「今まで台車ごと置いていけば一瞬で終わっていたのに、わざわざラックに持ち上げて移す(横持ち作業)なんて完全な二度手間だ」「重い金属を上げ下げして腰を痛める」という声が噴出しました。
彼らにしてみれば、「台車を探す不便さ」はあっても、それはすでに毎日の日常でした。そこに「重いものを積み替える」という新しい身体的負担と手間の増加が追加されることへの強い拒絶反応が起きたんです。私自身も「探す時間は減っても、疲労が増えるなら意味がない」と言われ、反論できずに活動が2週間ほど宙に浮いてしまいました。

――その2週間の空転期間、どのように打開策を探ったのでしょうか。
山田:
現場の「腰を痛めるから嫌だ」という声を裏を返せば、「持ち上げる負担さえ無くなれば、台車からラックへの移し替え自体はやってくれる」ということです。そこで、重いものを持ち上げずに済む方法を探しました。
いつも工場に出入りしている機械工具の業者を捕まえて、「腰を曲げずに、重いものを横にスライドさせるだけで済むような台車はないか?」と相談したんです。そこで提案されたのが、ペダルを踏むと荷台が持ち上がる「油圧式のハンドリフター」でした。
これを使えば、ラックの高さまで台車の荷台を上げて、部品を持ち上げずに横へ「スライドさせるだけ」で済みます。すぐにその業者に見積もりを出してもらい、佐藤工場長に「これを導入してほしい」と直談判しました。
――なるほど、現場の声を汲み取ってリーダーが設備を見つけてきたのですね。工場長は、その提案を受けてすぐ決断できたのでしょうか?
佐藤(工場長):
正直に言いますと、山田から「数十万円のリフターを買ってくれ」と見積もりを出された時は、「ラックに積むだけでそんなに費用をかけるのはちょっと・・・」と一度は突き返したんです。
何十万もかけるなんて、経営陣からすれば単なる無駄遣いに見えますからね。最初は「現場の人たちを頑張って説得してみてくれ」と突っぱねました。
しかし、山田は単なる「現場の反対」を代弁しに来たわけではありませんでした。
彼は、私が上に決裁を通さないとと思わせる「逃げられないロジック」を突きつけてきたんです。
彼は私のデスクにデータを持ってきて、こう言いました。
「工場長、このまま現場が反発してラックの運用が頓挫し、台車探しのムダを放置すれば、1日1人30分、10人で毎日5時間分の生産枠をドブに捨て続けることになります。これは月間で約100時間、とんでもない機会損失です」と。
さらに彼は、私が恐れている「リスク」の急所を突いてきました。
「それに、ラックの運用を諦めれば、また通路に台車が溢れかえります。もし今後、労働基準監督署や大口の取引先の視察が入って、その時に万が一、通路が消防法の安全基準(80cm)を割っていたら、どう責任を取るんですか? この数十万円は、職人の腰痛を防ぐだけでなく、工場の致命的なコンプライアンス違反を防ぐための『安い保険』です」
この言葉を聞いて、私は「まあ、確かにそれはそうだけど」と悩みました。そして、最後にもう一つだけ抵抗しました。
「でも、数十万は高い。もっと安い手回し式のリフターとか、何か別の方法で代用できないのか?」
すると山田は、即座に首を振りました。
「ダメです。私も色々と調べましたが、手回し式だと高さを合わせるのに時間がかかり、職人たちは『これなら台車ごと放置したほうが早い』と、絶対に元の悪習に戻ります。私たちが今戦っているのは、現場の『面倒くさい』という長年の習慣なんです。ペダルを踏んで数秒でサッと高さが合う『油圧式』でなければ、絶対に定着しません。中途半端に安い設備を入れて使われないのが、一番の無駄遣いになります」
正直、最初に突き返した時の私は「部品をラックに移すだけの予算に数十万円掛かるなんてことを社長に言うのもなあ・・・」という自己防衛の心理に入っていたんです。しかし山田は、「この予算をケチることの方が、経営的にも安全基準的にもはるかに危険だ」というファクトと、「なぜこの設備でなければダメなのか」という明確な根拠を提示してくれました。
「もし、リフターを入れなかったらどうなるか?」ということと、彼がここまで会社全体のリスクを計算し、なんとか現場を良くしようと熱意を燃やしてくれたことで、私も「社長から決裁をもぎ取ってくるのが、工場長である私の仕事だな」と腹を括ることができました。
「わかった。そのロジックなら社長も説得できる。稟議書の理由は『労働安全衛生規則の完全順守と、月間100時間の機会損失の回収』で俺が書き上げて通す。あとは現場の人に納得してもらえるように頑張ろう」
そう伝えて、ハンコを押しました。
山田の泥臭い熱意と、私を納得させるだけの冷徹なロジック。その両方があったからこそ、この壁は突破できたんです。
――その「決断」は、現場の方達にどう伝えられたのでしょうか。猛反発していた職人たちにどうやって納得していただいたのですか?
佐藤(工場長):
油圧リフターの導入を決めた次の日に、現場の職人を集めたのですが、彼らは腕に自信があるプロですからね。「また現場に負担を押し付けようとしているんだろう」という警戒心と反発心を少なからず感じました。
だから私は、最初に「皆さんの作業の足を引っ張ったり、体に負担を強いるようなルールは絶対に作らない」と約束しました。
――頭ごなしの命令(ルールの押し付け)ではなく、まずは彼らのプロとしてのプライドを尊重したのですね。
佐藤(工場長):
はい。その上で、こう伝えました。
「通路に台車が溢れている状態は、万が一の事故や火災の時に命に関わる。だから、安全通路だけは絶対に確保しなきゃいけない。しかし、そのために皆さんが腰を痛めるような横持ち(積み替え)はさせない。設備投資の費用は会社が持つから、このリフターを使って『横にスライドさせるだけ』のやり方を試してくれないか?」と。
――現場の皆さんの反応はどうでしたか?
山田(製造部リーダー):
あの瞬間に、現場の空気が変わりましたね。職人たちも「安全確保」自体に反対しているわけではなく、「腰を痛める無意味な重労働」が嫌だっただけなんです。
一番ベテランの職人も、「まあ、会社がわざわざ高い機械を買って俺たちの負担をなくすって言うなら、一回くらいは使ってみてやるか」と笑ってくれて。トップダウンでやり方を強制するのではなく、会社が費用と責任を被って「試してくれ」と頼んだ。これが、現場の職人が納得して動いてくれた最大の理由だと思います。

現在の変化と、まだ残っている課題
――改善を実施して、現在現場はどう変わりましたか?
山田:
台車を探して歩き回ることは、ほぼゼロになりました。一時置き場の周りの渋滞も解消し、通路は常に80cm以上の幅が確保されています。1日30分あったロスが今は5分程度にまで短縮されました。浮いた時間で次工程の準備ができるようになり、目に見えて生産ペースが安定しています。
――大成功ですね。では、もう課題はないのでしょうか?
山田:
いえ、実は思わぬ課題が残っています。リフターのおかげで積み替えの負担はなくなったんですが、今度は「空になった台車をそこに置きっぱなしにして、手ぶらで自分の持ち場に帰ってしまう」というミスが続出しているんです。
――なるほど! 今まで「台車ごと置いて帰る」のが当たり前だったから、無意識に置いていってしまうんですね。
山田:
その通りです。リフターで棚に移し替えると「あー終わった」と安心してしまい、長年のクセで手ぶらで歩き出してしまうんです。自分の機械に戻ってから「あ、台車忘れた!」とまた一時置き場に取りに行く羽目になっています(笑)。
設備の導入で負担を取り除くことはできても、「人の無意識の習慣」を上書きするのが一番難しいと痛感しています。今は台車の持ち手に「空の台車は持ち帰る!」と大きなシールを貼って、定着を図っている最中です。改善に「これで終わり」はないですね。


<今回の判断ポイント>
① 台車追加 vs 安全基準
→ 安全優先(根本的な解決にならない一時しのぎを却下)
② 横持ち負担(現場の反発) vs 滞留解消
→ 設備投資で解決(ルールの押し付けではなく、会社が負担を引き受ける)
③ 設備導入 vs 人の習慣
→ 継続改善(設備を入れただけで終わらせず、日々の対話で新しい状態を定着させる)
<結果>
台車探し:1日30分 → 約5分へ
通路渋滞:解消
安全通路:確保
あなたの現場では、どんな「判断」がされていますか?
今回の事例では、「台車を追加する(手軽さ)」でもなく、「ルールだけを押し付ける(コスト削減)」でもなく、「安全通路を絶対に守るために、会社が設備投資の負担を被る」という判断が下されました。
もし同じ状況があなたの工場で起きたら、誰が、どんな基準で、どの選択をしますか?
台車を増やす、ルールを作る、設備を入れる――どれが正解かは現場によって違います。
しかし、多くの工場で改善が止まってしまう最大の理由は、「なぜその判断をしたのか」というプロセスが整理・共有されていないことにあります。
「すきっぷ埼玉」では、こうした現場に眠る「泥臭い改善プロセス」を第三者の視点で整理し、記事として可視化する無料取材を行っています。
御社の現場で眠っている「あの時の判断」も、一度整理してみませんか?
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