桶川市議会議員_新妻亮さん

「票のためでしょ?」と思われても自分の信念を貫く男 桶川市議会議員 新妻亮さん

“OK!桶川!にいつま亮”でおなじみの新妻議員。「誰もが暮らしやすい桶川」「子育て するなら桶川」「未来を創る桶川」など、誰もが誇れる持続可能な桶川を実現するため、 日々挑戦されています。特に熱く語ってくれたのが教育に対する思い。新妻議員はなぜ、 そこまで教育に対してこだわれるのか?その真意を聞いていきます。
目次

ーもう3期目で、若手というよりはリードされていく立場かな、と思うのですが、最近の活動はどのような感じなんですか?

昔は若手の勢いを大切にしていたけど、今は会派長をやっているから周りを見てやらないといけないんですよね。
そうすると、いろいろな人をまとめないといけないし、さらに言うと、まとめた意見を他の会派ともすり合わせていかないといけないから、すごくいい経験をさせてもらっていますよ。
他の会派の方からだけではなく、市民の方からも10やって欲しいってご依頼をいただくけど、どうしても7までしかできないことってあるじゃないですか?
でも、依頼してくださった方にも「7までしかできませんでした」って簡単には言えないから、そういうところを意識しているかな。

ー中には、10できると思っていたけど、4くらいしかできないこともありますよね?

やっぱり、そういうこともありますよ。
でも、そういう場合もやっぱり素直に伝えることだよね、できなかったということを。
ここ最近、本当に強く思うのは、3つやらなくてはいけないことがあるな、ということです。

1つ目がしっかり物事に対して説明をすること。
例えば、議会の中で、こういうことをやっていきます、という話が出てくるとして、それに対して、市民に対して説明をしないといけない義務があるから、しっかりと説明をすること。

2つ目に、やろうと決めたことに対して、しっかり責任を取ること。
3つ目は説得すること。
やっぱり、10を求められているのに、4しかできないことは絶対にある。
4しかできないなら、責任を果たしていないんじゃないか?ということも言われるけど、でも、それを納得していただくことが、責任を果たすということでもある。
そこが本当に難しいから、今、その説得をするっていうところを色々学んでいます。
そうすると、実際に現場や市役所の方とも話をしなくちゃいけないし、やって欲しいって言われる方のお話もしっかり聞かなくちゃいけないし、なんかその辺りを今すごいやってますよね。

ーすごい高度な交渉ですね。いろんなところにいる利益者、全部調整しないといけないですよね。

そう、調整しなくちゃいけない。
前まではさ、教育の話ばかりしていたんだけど、実際には教育ばっかりじゃダメだっていうのもあるから。
お年寄りの方もいらっしゃるし。

でも、やっぱり教育に関する話は多いですよね。
例えば、今、給食費の無償化をね、「桶川もやりましょう」っていう話もあるんです。
「じゃあ予算が足りないから、お金を作るためにはどうしたらいいのか」っていう意見もあるし、別の意見として、「給食費を無償化にしなくても、その分すごくおいしい給食を食べさせてあげられた方が子どもにとっては良いのかもしれない」っていう考え方もある。
だから、僕ももともと給食費を無償化にしたらお金が掛からなくなるから、そっちをやった方がいいって思ってたけど、色々な意見を聞いていると、何がベストなのかなっていうのを、色々な角度からバランスを取らなくちゃいけないなっていうことを最近は思うようになった。

どんな子でも、ちゃんと接してあげれば伸びる

ー新妻さんのお話を聞いていると、特に教育の部分に強いこだわりを感じられるのですが、何かご理由ってあるんですか?

元々ね、学校の教員をやってたので、そこが1番強いと思います。
やっぱり今でこそね、発達障害のお子さんって、フォーカスを浴びてるじゃないですか?
でも、僕が大学卒業した後に、そういうお子さんたちを普通学級で見るという立場で学校職員として働き出したのですが、当時は全然発達障害について理解がなかった。
そういう子どもたちと接しているうちに、そういう子たちが、やっぱり1人1人が本当に輝ける環境っていうのを作ってかなくちゃいけないな、と実感して。
ただ、普段の学校生活だけではなくて、放課後とかでもそういった環境を作んなくちゃいけないっていうのもありましたし。
それで、学校で働いていると、学校の課題や地域の課題、それこそ先生たちの課題、あとは保護者の方たちの課題も見えてきて。
全部解決できたら、子どもの未来をもっと明るくできるんじゃないかなーって考えてたんですよ。
それで、結構ね、いろんな仕事をやったんですよ、僕。
大学卒業して、教育の現場もいたし、あとはスポーツを教える会社にも行ったし、それこそ人材紹介会社にも入ったし。
で、最後、政治家の秘書になって。何かを変えられるのは政治家なのかなと思って。それで政治の世界に飛び込んだ。

ー素晴らしいですね。一人一人の子どもが輝ける社会を作りたいという思いに至った具体的なきっかけって何かあるんですか?

やっぱりね、子供たちはどんな子であっても、ちゃんと接してあげてちゃんと教育をすると、すごい伸びるんですよね。
それをすごい経験したんですよ、発達障害を抱えている子どもの側にいて。
だけど、逆にそういう子供たちの理解も進んでない。
例えば、授業中ちゃんと座れてないとか、授業中に飛び出していっちゃうとか。
僕が教育の現場にいた頃は特にそうだけど、そういうことをしちゃう子っていうのは、もう異端児ですよね。
だけど、ちゃんと話聞いてあげるとさ、なんでそういう行動をしてしまうか分かるし、対策も打てるんです。
例えば、当時、ずっと教室の外を見ている子がいたんですけど、その子に「なんでずっと教室の外見てんの?」って聞くと、「僕、飛行機が好きなんだけど、あそこに飛行機が飛んでるんだよね。だからずっとこうやって見てるんだ」 とかって言うわけ。
「でも、授業中なのに外を見てたら怒られちゃうじゃん」 って聞くと、「でも気になっちゃうから見ちゃうんだよ。」って。
「そっか。じゃあ、机の向き、こっちにしたら見えなくなっていいんじゃない」
って机の向きを変えると、今度は音が気になっちゃう。
じゃあ、「音も聞こえなくて飛行機も見えないところに机を置くとどうかな?」って机の位置を変えてあげると、その子も飛行機ではなくて、授業に集中し始めるんだよね。
他にも、ちゃんと聞いてほしい時とかに、例えばこう「トントン」って机をコンコンして「こっちだよ」とかってすると、子供って結構さ、こっちを向いたりするんだけどさ。
でも、先生たちは1人1人に対して、そういうことをする余裕が無いから、そこの橋渡しをやってあげたらうまくいくよねって思って。
それで、その橋渡しをちょっとやってあげてたら、子供たちって、すごい伸びるわけ。
だから、子どもたち1人1人にもそのように接してあげたかったし、逆にもっとそういうことを、先生たちや保護者にも教えてあげたかったし。
そうしないと、せっかく伸びる子どもでもさ、先生たちが、”この子、話聞いてないダメな子”っていうレッテルを貼っちゃうわけですよね。
そうすると、今度は、それをさ、保護者に言うじゃない。
それで、保護者はさ、子どもに「ちゃんと話聞きなさい」ってなるわけ。「なんで聞けないの?」って。
やっぱり、保護者もプレッシャーなわけですよ。毎回学校から電話かかってきて。
本当に酷いケースだと、虐待を受けてしまった子もいた。
そういう心苦しい現実を何回も見てきて、そういう環境を変えてあげたいって強く思ってましたね。

ーそんな酷いこともあったんですね。ちなみに、発達障害の方が教え方を変えたところ伸びていったと思うのですが、具体的にどんな感じに伸びていったのですか?

まずね、例えば、4年生の子。
その子は隣の小学校から転校してきたんだけど、転校してきた日に、「うちではそこまで丁寧に面倒を見られないので」みたいなことを先生が保護者の方に言ったら、ちょっとした口論が起きてしまって。
そして、その時に先生が僕の方に来たんですよ。それで、 「新妻さん、この子見てあげられる?」って言われて。
僕も「全然構わないですよ」って。
で、最初その子と、遠足に行ったのかな。で、遠足の間、ずっとその子にくっついててさ、もう走り回っちゃうし大変だったんだけど、無事に終わって。
それで、その子は普通の学級に入らないで、取り出し授業っていって、専用の個室を与えられたんですよね。そこで僕とその子で2人で勉強できんの。
とはいえ、やっぱり普通に授業をしても全然集中できないわけですよ。
だから、どうしようかと色々考えてたんだけど、その子に色々聞くとさ、電車が好きで、家でもプラレールをずっと作っててさ。
結構高度なものを作れるから、2人でちょっと話しながらさ、「今日の授業はどうすっか」って聞きながら、プラレールを作ったり。
とはいえ、プラレールばかり作っているわけにもいかないから、「じゃあちょっと鬼ごっこでもするか」って言って鬼ごっこをしたり、「なんでこれ好きなの?」とか言って、色々好きなことを聞いたり。それで、頃合いを見ながら「ちょっと勉強やろうぜ」って言ってみたり。
最初は5分でも難しいそうだったけど、最終的には45分の授業分ぐらいは受けられるようになったわけですよ。
で、どんどん成長していくから、「じゃあ今度さ、ちょっと教室行ってみっか」って言って、教室に行って、教室で、友達たちとも馴染んでいったんです。
でも、やっぱりその子も友達から何か言われるとさ、すぐカッとなっちゃうからさ。
それだとまずいから、「ここはさ、腹が立つかもしれないけど、今は我慢だよ」ってその子に言って。やっぱり、周りの子も、いきなり異端児が入ってくるとさ、ちょっとピリピリしちゃうんですよ。
だからそこも担任の先生と色々相談しながら、やっていったんです。
で、最初は教室で、もう5分とかしか居られなかったけど、得意な授業だったら、45分しっかり受けられるようになった。
で、給食でも、おかわりとかのルールが分からなかったから、「おかわりするときは、まずちゃんと聞くんだよ、食べる人いますか?って。それで、他の子が『俺も食べたい』って言ったらちゃんと分けてあげないとだめだよ。そして数ものはじゃんけんなんだよ!」
っていうの、お兄ちゃんみたいに教えてて、そしたら、最後の方はそれもしっかりできるようになっだんです。
で、保護者の方も最初はやっぱりすごくピリピリしてたのが、最後は「学校に行かせても大丈夫なんだ」って言ってくれて。
そういうのを見てった時に、しっかり寄り添ってあげれば、子どもって伸びていくという風に確信したんですよね。

ーやっぱりそういう深いエピソードがあったんですね。

そう、だから、教育って僕すごく好きで。
さらに、学校の先生の苦労も知ってるんですよね。
先生たちってすごく色々なことを求めらているでしょ?あれやれ、これやれって。
でも、僕はそういうことを言うつもりは無いし、そこは、「できることだけやりましょうよ」ってスタンスなんです。
僕自身は勉強もできなかったし、教員採用試験から逃げた人間なので。だから、先生たちは本当に教育のプロだと尊敬しています。
プロがやることに対しては、なかなか口出しもできないですよね。
そこのスタンスを持てたっていうのはすごく良かったなって思ってますね。

教育には家庭環境が重要であると痛感した

ーそこから人材会社やスポーツを指導する会社に転職されたと思うのですが、そこでは教育の思いを実現できなかった?

実現できなかったっていうのもあるんだけど、放課後に子供たちのスポーツを教える会社に入って、イメージで言うと、スポーツクラブ、スイミングスクールみたいなやつかな。
で、そこで野球を教える仕事だったんですね。
そして、その会社で働きながら思ったのが、習い事できる子たちって、結局、家庭の理解があって、家庭にお金があって、ていうところが1番だった。
逆に、辞めちゃう時に理由が色々あって、例えばだけど、旦那さんが退職しちゃってとか、旦那の給料減っちゃってっていうところも多かったんです。
だから、そういう現状を目の当たりにして、やっぱり若い人たちがもっと収入を増やせて、子供にそれが還元できるような家庭環境を作っていければ、もっと、放課後が熱くなるじゃないけど、子供たち得られるものがあるんじゃないかな?っていうことを強烈に感じてしまって。
家庭環境を良くするためには、当時の環境ではできなかったので、どういう環境ならできるだろうって考えたら、やっぱ人材関係が一番適しているなって思って、次に人材関係の会社に転職したんですよ。

ー具体的には人材会社でどんなことをしたかったんですか?

キャリアカウンセラーをやって、保護者の方により良い就職先についてもらえるお手伝いができればと思って、転職したんですよ。
そうすれば、間接的に子どもの教育にもプラスになると考えたんです。
だけど、やっぱり、人材業界の裏側まで知っていくと、結局、学歴が大切であったり、履歴書の綺麗さが大事だったり、その人の人柄や実績を知る前に企業が履歴書だけを見て弾いてしまうことが多いんです。
当時ね、今でこそそういう人っているのかもしんないんだけど、45歳で、今までバリバリ営業部長をやっていた人なんだけど、途中で辞めちゃったと。
で、5年ぐらい働いていない期間が出来ちゃってて。でもそれが理由で書類審査の段階で落ちちゃう人だったんですよ。
で、たまたま僕がその方の経歴とかを見て引っかかって。なんかピンときたんですよね。
それで、その方の担当になって、話を聞いてったら、素晴らしい方のわけ。
本当はバリバリ働き続けたかったけど、どうしてもお母さんの介護のため離職をしなくちゃいけなかった。
そして、「残念ではあるけど、お母さん亡くなっちゃって。介護の必要が無くなったから仕事を探しているんだ」って言われたんです。
で、それを企業側にしっかり伝えたら、就職は決まったわけ。
だから、結局そういうのも、間に入るっていうことの良さっていうのをすごく感じたんだけど。
でも、こういう風に苦労してる人っていっぱいいるんだなって痛感したんですよ。

ー確かに理不尽ですよね。

そうなんです。当時は介護とかあんまり気にしてなかったけど、今この政治の業界に入ってみるとさ、すごく介護で苦しんでる人がいるっていう現実を噛み締めることになるんだけどね・・・
それで、人材の話に戻ると、他にも40歳くらいの方の担当になって。
その方は元々は福島で警察官として働いていたんですよね。
でも、実は3.11があって辞めちゃって。
やっぱり放射能の関係とかもあって、家族のことを考えると関東で仕事をした方が良いのかな?ってことで仕事を探していたんです。
でも、当時は求人が今と違って少なくて、なかなか見つからなくて。
それで、結局2年近く空白の期間ができてしまった。
それで、履歴書のフィルターで弾かれてしまっていたわけ。
実際に話を聞くと、すごくしっかりしている人だったんですけどね。
しっかり間に入れたから、その方も職は決まったんだけど・・・やっぱり理不尽な理由で苦しんでいる方が多いんだなって感じたんですよ。
それで、色々やってきて、例えば教育もそうだし、保護者のこともそうだし、地域のこともそうだし、1番変えられるのって何の世界かなと思ったら、政治の世界だったと。

親父の背中の大きさに感化された

ーそれで政治の世界にいきつかれるんですね。政治家であれば、新妻さんが抱えている思いのすべてにアプローチできそうですもんね。

実は、なんで政治の世界を志したかっていうところの1つが、3.11。
なぜかと言うと、東日本大震災の時に、うちの親父が、福島県の国会議員の秘書をやってて。
で、元々はね、うちの親父は、ずっと国家公務員をやってたんですよ。
それで、定年まで勤め上げたと思ったら、急にさ、 「お父さん、政治の世界に行きたいんだ。だから、政治家の秘書になるから」って言い出して。
元々、政治が好きな人っていうのもあったのかもしれないけど、すごく、秘書の時だとイキイキしてたんだよね。60過ぎてからなのに。
だから、本当に政治が楽しいんだなって思った。
それで、3.11の東日本大震災が起きてしまって。
しかも、親父は1番震災がすごかった原発があった地域に住んでてさ。
もちろん、その時に色々やったんだけど、特に地域周りにすごい力を入れてたんですよね。
例えば、何か足りてない物ありますか?とか。
で、その姿を見て、ちょっと僕も感化されたっていうか。
とはいえ、政治の世界に入るきっかけがなかなか無かったからさ。
最終的にはいろんな仕事を積み重ねた後にね、入る形にはなったけど。
だから、政治への思いって聞かれると、3.11のことを思い出すんですよ。

ー政治の世界に入ったお父様のイキイキされてる姿を見て、感化された。

親父の背中を見た、初めて。
もう僕も政治の世界に入ってみて何年にもなるけど、今でも本当に大変なんですよ。
全然いいことばっかりじゃないし、嫌なこともたくさん言われますし。
だけど、なんかどっかにあったんですよね、親父のその背中の大きさを感じられたっていうのが。
だから、政治の世界が汚い世界とか、嫌な世界に一切思わなかったんです。

ー素晴らしいですね。ちなみに、お父様はどんな感じにイキイキされていらっしゃったんですか?

それこそね、親父が国家公務員やってた時の話って一切聞いたことがない。
でも、政治の世界に入ってからの話はすごい聞くわけ。
やっぱり色々なものごとが決まっていく時に、未来を作ってる仕事なんだなっていうのをすごく感じたんだろうね。
10年、20年先を見据えた、例えば国が作りたい法案だったり。
そういうものを審議していくっていうのは、国会議員の仕事なので、今ある目の前のこともそうだけど、これから10年先、20年先、こういう風な世界情勢になって、とか、教育はこういうことをやらなくちゃいけないからっていうことを、各省庁が作ってく中でそれを審議していく。
そういう、未来を作れるっていうところに、多分ワクワクしたんだろうね。
で、うちの親父はそこの部分で国会議員の秘書として支えてたから。
僕は秘書としての活動というよりは、表に立ちたかったから議員に立候補したんだけどね。
だから、未来を作れるっていうところに、なんかすごくワクワクを感じたよね。

ーお父様は新妻さんが今取り組まれてるような活動を先駆けてやっていた?

親父は元々、地域をなんとかしたいと思っていたんですよ。
福島が地元だったので、ずっと地元のことを考えていて。
そこの部分で、うちの親父の地域で言うと、当時は福島って農家が多いから、冬場は仕事が無かったわけですよ。
だから、冬場になるとお金が稼げなくなっちゃう。
そうすると、みんな都内とかに出稼ぎに出ていた。
だから、3、4ヶ月帰ってこなくて、またお金稼いで帰ってくると。
だけど、原発ができたことによって、雇用も増えて出稼ぎに行く必要もなくなったから、家族の時間も作れるようになった。
原発が爆発しちゃった時はさ、色々言われたんだけど、そこだけで考えると、作ったのが大失敗だって言われちゃう。
でも、それ以外のところも含めて、総括して考えるとどうだったんだろうねって、今は思う。

ー木を見て森を見ずではないですが、マイナス面だけを見てしまうと正当に評価はできないですよね。

ただ、やっぱり政治の世界って汚い話があってさ。
どうしても、木だけを見てしまうのは仕方ないと思う。
やっぱり、原発を作ることが決まっても、そんなにすぐに公にする訳じゃないから、数年タイムラグがあるわけ。
それで、原発ができる前は、その辺りの土地って高くないから、それが公になる前に買ってしまって。それで、原発ができたらバーンって値上がりして儲けた、なんて汚い話も実際に聞くから。
そうことばかりを見ると、悪いことばかりに見えるんだけど、実際にはそういうことばかりではなかったってところもあるから。
さっき言った0対100にはならないですよね。
必ず全てが悪かったって。0点ですとはならない。
だから、悪いところだけではなく良いところも含めて、作った方が良いのか?作らない方が良いのか?を総合的に判断して、説得していけるかどうか?
例えば、今でも海洋水汚染の問題が出たりするけど、そういうことが出てしまうと、魚を買わない人も出てくる。
だから、損をしてしまう人は正直出てきてしまうんだけど、その損をしてしまう方たちに対して、しっかり納得してもらえるかどうか?
そして、その損をしてしまうときに、どこまでサポートしてあげられるか?
それが、政治家のやるべき仕事であるっていうのは、すごく感じましたよね。

ーそこでお父様が尽力をされているのを見て、未来を作っていく仕事だな、と感じられたということですね。
それで、いろいろな仕事をされた結果、今の政治家の活動に活きている。

そうですね。やっぱり、色々な業界を経験できてよかったですよ。
教育とか人材に関して、元同僚に話を聞く機会も多いですけど、みんな出世していますからね。すごく経験もされている。
だから、本当に良い話をたくさん聞ける。

教育は答えのない究極の通信簿である

ーそこのコネクションは教育や人材、介護の現場を知る上で非常に大切ですよね。
逆に失敗経験などはあったりされるんですか?

やっぱり保護者からのクレームをいただいたことですね。
1回子どもに「ぶっ飛ばすぞ!」って言ってしまったことがあるんです。
4年生にちょっとやんちゃな子がいて、その子をみんなで囲んで、蹴りとかをかましててさ、で、僕が「やめなさい」って仲裁に入ったわけ。
そしたら、蹴りをかましていた子どもたちが、「なんかこいつも生意気なんで、ぶっ飛ばしてやろうと思ってんすよ。いいんすよ、こんな生意気なやつ。先生黙っててください」みたいなことを言うんですよ。
で、やっぱりちゃんと言ってあげないといけないって思って、 僕が「わかった。お前らがそう言うんだったら、俺はこいつの仲間になってお前らぶっ飛ばしてやるから」って言ったんです。
そしたら、「ぶっ飛ばす」って言ったことが、すぐに担任の先生の耳に入ってしまってね。
当たり前だけど、その後、保護者の方からクレームをいただきましたね。
で、その時は保護者の方に謝罪して終わったんだけど、それとは別に、後日、その子どもたちのクラスの担任の先生が休みの日に、その子どもたちが授業中にすごく騒いでいたんですよ。
まあ、僕もしゃしゃりでなきゃ良かったんですけど、つい注意してしまって「てめえら、いい加減にしろよ!」って言ったら、1人煽りたてた人がいて、その子に「てめえ、うるせえから黙ってろ」って言ったんです。
そしたら、その時はその子も「すみません」ってなったんだけど。
それで、次の日、その子の保護者の方からクレームが来てしまって。
「担任でもない先生が『うるせえ、黙ってろ』なんて暴言を吐いていたらしいが、どういう教育をしているんだ!生徒の前で謝らせろ」って。
校長先生からも、「これは本当か?」って聞かれて。
だから、僕も「本当ですよ。あくまで、その子達に注意をしなくちゃいけなかったので注意をしました。言葉使いが悪かったのなら、すみません」って言ったんですよ。
そしたら、「そんな暴言を吐かれたら、子どもたちも納得がいかない。今から子どもたちに謝罪をしてください」って言われて。
でも、僕は、「なんで謝らないといけないんですか?悪いことをしたら、叱るのが当然でしょう。絶対に謝りません」と反論したんです。
で、別の先生で僕が尊敬している先生がいるんですけど、その先生もたまたま話を聞いていたわけ。
その先生はすごく厳しい先生だったけど、その先生に「正直、僕は謝る気はありません」って言ったんですよ。
そしたら、その先生が「そうですか。分かりました。でも、あなたはどういうつもりでそんな発言したの?」って聞かれて。
僕は「児童が騒いでいて、クラスもふわふわしてしまっていたから、ちゃんと言ってあげないと児童のためにもならないなって思ったんです」って言ったんです。
そしたら、その先生から、「その意思があったんでしょ?だったら、あなたの選択が間違っていると私は思わない。あなたのやっていることは分かっているから。でも、大人として解決しなくちゃいけないんだったら、大人の対応をしてきなさい。」って言われて。
それでハッとして、子どもたちに謝りに言ったんですよ。
「先生の言い方が良くなかった。申し訳ありませんでした」って。
その後に、その先生に謝罪をしてきたことを伝えたら、「あなたが危害を加えたくてやっている訳ではないのは十分分かっている。だけど、これが教育の世界なんです。」って。

ーそのとき、どんな心境だったんですか?

やっぱり教育って、答えがない、究極の通信簿だなって思いました。
自分が良いと思っていた教育も見方を変えれば良くなかったり、逆に、自分が子どもの頃は本当に嫌な先生だな、って思っていた先生も、親になって考えるとすごく良い先生だったなって思ってみたり。
僕自身も子どもたちに良い大人になって欲しかったし、守ってあげたいなって気持ちがずっと強かった。
でも、その気持ちが空回りしてしまって、結局、子どもたちを傷付けてしまっていたわけじゃないですか?
保護者からすれば何様だって思われていただろうし、僕なんか体育大の出身だったから、
「あの先生は体育大学出身ですよね。スポーツしかやってこなかった人が子どもに勉強を教えられるんですか?」って言われたこともあったし。
すごく悔しいことも多かったけど、我慢しなくちゃいけなかった。
子どもたちには関係ないし、子どもたちのことはずっと好きだったから。
結局、僕が関わった子どもたちがその後、どっかで幸せになってて欲しいなって思うし。
そこを全力でやるしかなかった。

ー新妻さんは結構イケイケな先生だったんですね?

うん、基本的にはもう、なんか理想の教師像はGTOでしたね。
金髪先生じゃないけどさ、熱っぽく言ってたよね。
今でも子供に対しては熱っぽいんですけどね。当時は後先考えないで突っ走っていたかな。
でも、その経験を通じて、先生たちの苦しみはすごく実感しましたね。
例えば、保護者の方から、うちの学校でこういうことがあるからこれをなんとかして欲しいとか要望を受けた時に、こういう経験がなかったら、「学校の先生は本当に何にもやってくれないですよね」とか、「市役所の職員は何にもしてない」とかって言っちゃうかもしれないけど、そういう経験をしたから、「なんで学校の先生たちはやらないんだろう。きっと何か理由があるんだ」とか、「できない理由ってなんなんだろう」っていうのを、ちゃんと1回飲み込んであげることができるよね。
それによって、お互いの立場からしっかり話ができる。
そうすると「いや、本当はやりたいんだけど、そもそもこれって法律上できないんですよ。他の手段はありませんかね?」とか、
「もちろん、やりたいんだけど、予算がどうしてもつけられなくて。どっかから引っ張ってこれませんかね?」のように、建設的な議論ができる。
もちろん、法律もなく、湯水のごとくお金があれば、すべてやりたいんだけどね。
でも、現実はそうじゃないから、そこの対話をしっかりできるようになったのは良かったと思います。

ー教育者の気持ちも分かるし、保護者としての気持ちも分かる。

そうそう。保護者の気持ちもわかるし、何とかやってほしい。だけど、学校ではここまでしかできない。
そこの、せめぎ合いに全力を尽くせるようになりましたね。
でも、教育にはできる限り予算をつけるべきだと僕は考えていますね。

”3つの間”が無い子どもたちを見て寂しく思った

ーその後、放課後に子ども達にスポーツを教える企業に転職された。そのきっかけは何だったんですか?

学校の先生ってすごく頑張っているから、子どもたちの放課後も何かできないかな?という思いがあったんですよね。
それで、子供の放課後が危ないっていう本を読んで。
その本に出てたのが”3つの間”という言葉。
これが、今の子どもたちには無いということで、僕も本当にその通りだと思ったんです。
3つの間とは、1つ目が空間、つまり遊ぶ場所がない。
2つ目が時間。子どもたちは忙しすぎる。
最後に仲間。
昔だったらランドセルを家に置いたら、「どこどこ集合ね」って言って野球をしたりサッカーをしたりしたと思うんですよね。
今は、野球やサッカーをできる場所がない。
そして、みんな塾や習い事に行かなくちゃいけないから時間もない。
さらに、みんなスケジュールがバラバラだから、集まることも難しい。
この空間、この3つの間を作ってあげなくちゃいけないっていうのを提言してた本があって、それを読んだのが2010年かな。
実際に子どもに「週何日習い事してるの?」って聞いたら、「週8日です」って言われたんですよ(笑)
日曜日も2個習い事をやった後に塾が入っているとかさ。
僕の時代なんて、塾に通っている子なんて異端児でしたからね。
それで、子どもたちに「友達とサッカーとかしないの?」って聞くと、「する相手がいないし塾があるからできないんだ」っていうんですよ。
やっぱりみんな塾に行くからサッカーを一緒にする相手もいないんですよね。
でも、塾に行かない日もある。
そういう日は、逆に家で1人でゲームをしたりしてさ。それを聞いて、なんか寂しく思ったんですよね。
なんかあるじゃないですか?
「初めてのスライディングがすっごく痛くてさー」とか「友達と喧嘩しちゃった」とかさ。
喧嘩は良く無いかもしれないし、塾に行くことも素晴らしいことではあると思うんだけど、やっぱり良いことも悪いことも人との関係の中で経験していくべきものだと思ったんですよね。
で、最初はそこでね、起業しようと思った。
子どもたちがみんなで集まって遊べるような場所だったり、なんか学べるような場所だったりを作りたいなと思って。
それで、うちの兄にも相談してアドバイスもらったんだけど、
「それだったら自分で作るのもいいんだけど、まずそういうのをやってるところに入って、ノウハウとかをもらいながら仕事して、最終的にそこで続けていくのか、それとも自分で立ち上げるのかを判断してもいいんじゃないのか?」って言われて。
それで、そのスポーツを教える会社に入ったんです。

ーじゃあ、まさに新妻さんがやろうとしていたことをドンピシャでやっていた会社だった?

そうだったんです。
ただ、やっぱり営利企業だったからさ。当たり前だけど会社としても利益を出さないといけなかったし、自分の思いだけを体現するのは難しいなって思ってしまって。
さらに、保護者の方も、小学校の高学年になると、スポーツより塾に入れたいっていうこともあったり、保護者の方が失業しちゃって、習い事が継続できなくなっちゃったり、そういうことが多かったんです。
その中で、やっぱり、そもそもの家庭環境にお金が無いと教育って難しいんだなって思ってしまったんですよね。
それで、就職の現場ってどうなっているんだろうって思って、人材会社に転職したんです。

思いだけでは難しい。でも、実現していきたい。

ー確かに、言い方が良くないですけど、親ガチャなんて言葉も耳にするようになりました。

それで、就職支援という観点から教育の現場のサポートができないか?ということで、人材会社に転職したんです。
でも、結局、人材会社も辞めてしまった。僕の考えが甘かったんですけどね。
やっぱり、会社ですから、売上が立たないと僕らの給料が払えない。
だから、売上を上げていかないといけないのは分かる。
でも、あるときに、あるチェーン店が大量に募集をかけている時があったんです。
会社から「そのチェーン店はすごく儲かっているし、すごく良い会社で、経験や学歴なども関係ないから、ぜひ求職者に勧めて欲しい」って言われて。
当然、そこの会社に入社する人が増えれば、僕がいた会社は儲かるから。
ただ、実はその逆に、そのチェーン店で働いている人が転職したいといって、その人の担当につくこともあるわけですよ。
そうすると、そのチェーン店がいかに酷い店か?みたいなことを延々と聞かされる。
会社からは求職者にどんどんそのチェーン店を紹介しろって言われるし、かたや、そのチェーン店の従業員の方からは、早く転職したいって言われるし。
もちろん、人によって企業の文化が合う合わないがあるから仕方ないことではあると思うんだけど。
でも、求職者の方も「新妻さんが良い会社っていうなら、その会社受けてみます!」って言ってくださってたんです。なんか人を騙しているみたいでだんだんと嫌になってしまったんですよね。
だから、僕は仕事をしてお金を稼ぐという点では、本当に考えが甘かった。

ーでも、その職場を辞めたという選択は間違っていないですよね?

どうかな?本当は、もっと保護者の方が輝けて、仕事が楽しくて、家庭環境にもお金に困らずに、安心して教育に投資ができる、そういう状況を作っていきたいな、と思って人材会社には転職したわけだけどね。
でも、1つのビジネスって考えると、ビジネスの枠組みの中で、利益を出しながら、いかに自分の理念を実現するか?という思考をもう少しできたんじゃないかなって思っています。
その時の上司からも、「お前は理想論を語っているだけだ。理想は自分で実績を出してから言え」って言われて。
確かに、その通りだなって思うこともあるんだけど、実績を出すためには、まずは理想を捨てないといけない気がしてすごい悔しかった。
それで、結局やめてしまったんだけど、でも、やめなかったら議員にもなってなかったかもしれない。

ーそうですよね。新妻さんって、お金のために働いているわけではないと思うんですよね。

もちろん、それもあるかもしれないですけど、理想を体現するために働いていると思います。
だから、理想を捨ててまで結果を出すのは違うのかな?と思います。

ーちなみに、今後はどんな活動をされていくんですか?

1番は政治家として未来を作っていかなくちゃいけないってところです。
未来を作るために、やっぱりいろいろな人と協力し合うための橋渡し役になりたいですね。
また、今は塾もオープンしていて、子どもたちの未来を作るっていうところも重点を置いてやっていきたい。
今は不登校の子どもが全国で30万人くらいいて。
これからは子どもたちの学びの場も多様化していくべきだと思っています。
それで、僕にできることは何かな?って考えたときに、不登校の子どもでも通えるフリースクールを作ることだったんですね。
しっかり勉強も教えていく。勉強を挫折の言い訳にして欲しくないんですよ。
昔、やっぱり勉強が苦手な子がいて、全然授業が理解できなかったんです。
だから、「理解できないなら、先生に分かりませんって言いなよ?」って言うと、子供は「恥ずかしくて聞けません」っていう。
とくに、分数とか小数点とか。その辺りをしっかり理解しないで、先に進んでしまうからどんどん分からなくなってしまう。
でも、そこをしっかり教えていたら、その子たちは勉強につまずくこともなく、勉強が楽しくなったかもしれないし、勉強が得意になったかもしれない。
実際に、ちゃんと分かるように教えれば、みんな理解できるし、ネックだったところが理解できると、勉強が好きになる子どもは多いんですよね。
僕は勉強につまずいて勉強からスポーツに逃げた人間ですが、スポーツではなく、非行に走ってしまう子も多い。
非行に走ってしまって、犯罪行為をさせられてしまう子も実際にいた。
本当に悲しいことですよね。
だから、勉強をすることで、全員が東大を目指すというわけではなく、挫折の理由にならないようにして欲しいなって思っています。
だから、勉強を分かりやすく教えてあげたい。

議員として活動しながら塾も経営されると大変じゃないですか?


実は民間でフリースクールを運営すると、やっぱり人件費とか家賃とかすごい掛かるから、月会費が2万円とか3万円とかになっちゃう。
でも、僕は幸い政治家で議員の歳費をもらっているから、それで生活をしていける。
だから、利益を追求する必要がないから、月の会費も1万円くらいで済むんですよ。
政治家としても、そこの補助金を作る提案をして、フリースクールの費用を下げることも実現できるのかもしれないけれど、どうしても時間がかかる。
でも、フリースクールを望まれているご家庭にとっては待った無しだし、今すぐ必要なんです。
本来、政治家のする仕事だと思うんですよね、スクールなんて。
もちろん、こういうことをすると、「どうせ票のためなんでしょ?」って言われる。
でもさ、通常、月に2万円とか3万円とか掛かるところを1万円で済むんだったら、保護者の方も嬉しいと思うんですよね。
僕はなんと言われても良いから、この事業はもっと継続していきたい。
だから、今後の活動としては、同じ志を持った仲間を増やしていきたいですね。
志貧乏って言葉もあるけど、やっぱり志だけでは利益が出ないから生活ができない。
だから、ソーシャルビジネスって本当に難しい。
でも、僕を含めて政治家って歳費をもらっている。
まずは、そういう人間が公のために自分の懐を削って、利益を作れる基盤を作っていく。


ー身を削って実現したことがレガシーとして地域に残り、そこから幸せが広がって、より良い街になっていく。


そうですね。すごく難しいことではあるかもしれないけど、やっぱりそこは実現していきたい。
そういう志を持った議員が党派を超えてつながっていける。そういう未来を実現し
ていきたいです。

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