海老原直矢さん

「マイナスをゼロにする仕事。それこそが政治の役割」上尾市議会議員 海老原直矢さん

"苦しむ人のためにこそ、政治の力を。""「理想のまち」を、あなたとともに。" というキャッチフレーズで上尾市議街議員として活躍している海老原直矢議員。まだ3期目にも関わらず、「学習支援事業の小学生への拡大」「若者の伴走型支援の実施」「福祉総合相談窓口の設置」などホームページには海老原議員の取り組みがずらりと並ぶ。そんな海老原議員の議員としての思いとは?失敗談や今後のビジョンを交えながらせきららに話していただきました。
目次

ーなぜ、市議会議員になられたんですか?

もともと千葉の我孫子市というところで、「子供達の放課後を考える」という趣旨の団体を運営していたんですよね。
学童保育に通っている子供達の放課後に、演出家の人を呼んで劇をしたり、海外の人形劇をしたりして。それを無料で行なっていたんです。
その後、その団体をNPO法人化しようという流れがあって。
その中で、国際交流団体をやっている理事の方とか、いわゆる地域の顔役の人たちに、「議員さんにも協力をしてもらった方が良いよ」って言われて、この業界に興味が持ったのが最初ですね。
それでどんどん政治の業界に興味を持ってしまって人生を狂わせることになった・・・それが私の一番の失敗(笑)

ーそれは失敗なんですか?冗談ですよね?笑

それは冗談ですが、ちょうど2009年の民主党の政権交代の時期に党の学生部に誘われて。それで、この業界に入ったんですね。
でも、2012年に政権も変わって、当時ついた議員が引退することになったので、一度、やめて国連の難民高等弁務官事務所の日本委員会に行っていたんですね。そこで今の妻と知り合ったんです。
今の妻と結婚することになったのですが、結婚した後も同じ職場だと気まずいから、先に仕事が決まった方が辞めようという話になって。
そのとき、たまたま前の職場で上司だった方からお声がかかって、別の国会議員の事務所に秘書で入らないか?っていうお話があったんです。
それでその国会議員の事務所で、愛知の議員でしたけど、3年半くらいそこで秘書として活動していました。
その後に、埼玉の大島あつしさんの事務所に公設秘書として来ないか?というお話をいただいて。
議員になりたい人を探しているっていう話だったので、議員になってやりたいこともあったし、大島さんの秘書として活動しようと決心したんですね。
大島さんの秘書になった時は、まだ次の選挙まで2年あったから、その間にいろいろ考えて、それでも議員になりたければ市議会議員に立候補しようかな、という気持ちもあったんですけど。でも、その時に汚職事件が発生して、急遽選挙になるよって。それで考える間もなく選挙に出ました。

チャンスがあればとにかく一度はチャレンジする


ーそんな急に決心できるものなんですか?

本当にいろいろな人のご縁で声がかかっているので、それに身を任せることにしているんですよ。
ご縁に身を任せて、市議会議員に立候補してしまいました。

ーすごいご縁ですね。とはいえ、それでも市議会議員に立候補するってかなり高いハードルですけど、出馬に踏み切ったご理由は他にあるんですか?

基本的には、ご縁があって声をかけていただいたなら、断らないようにしているんですよ。
それは、何かの巡り合わせなので。もちろん、口では一度断るかもしれませんけど、そういう話が来た時点で、とりあえず一度はチャレンジしてみよう、と。
それで結果が伴わないことも多いけど、それはそれで、ね。
すべて受け入れて前に進もうって。だから市議会議員の話が来たときも、お金の工面と妻への相談はして、あれよあれよと。

ーすごい行動力ですね。それって幼少期からそのような考えだったんですか?

そうですね。基本的には、誘われたら、チャレンジする。


ー逆に、そのようなマインドセットが構成されたのって、何かきっかけとかあるんですか?


実はすごくくだらない話なんですけど・・・幼稚園の年中さんのときに、ブレーメンの音楽隊っていう劇をやって。
その時にどうしても犬の役がやりたかったんですよ。
でも、先生から「その役を他の人がやりたいって言っているから、やらせてあげてくれる?」って言われて、犬の役を断っちゃったんですよね。
そうしらロバの飼い主っていう端っこの役になってしまって。
劇の前にも、他の先生から、「犬の役は海老原くんがやったら面白いから、ぜひやって!」って言われてたから、先生に申し訳ないなって。
だから、そうやって他の先生からも言ってもらっていたことだったし、その先生も僕が犬の役をやれば喜んでくれたと思うから・・・やっぱり犬の役をやりたいって意思表示をすればよかったってずっと後悔しているんですよ。
今でもそうですけど、誰かが喜んでくれるんだったら、その人に喜んでもらえるような選択肢をとっていこう、みたいな。

ーいやいや、めちゃくちゃ素晴らしい話ではないですか?(笑)

犬をやった子にとってみたら、僕が譲ったおかげで喜んだかもしれないから、冷静に考えれば、
それはそれで良い話なんですが・・・ただ、僕の中でずっと後悔として残るわけですよね。
役を勧めてくれた先生も、同窓会のときに、「あの時やってくれればよかったのにね」って言うわけですよ。
そういうのが自分の中では後悔として残ってるから、 あの時に犬の役を断るんじゃなくて、先生やその子ともいろんな話し合いをして、その子も喜んで、かつ自分もハッピーになる道をもうちょっと考えればよかったなって思うんです。
だから、その役を奪い取った方がいいっていうじゃなくって、なんか話し合いでもうちょっと良い形になったかもしれないなって未だに思うわけですよね。
ただ、5歳の自分にはそこまでできなかった(笑)


常に人が喜ぶ選択肢を取り続けた

ー今の私にもできないかもしれない・・・(笑)じゃあやっぱりこう、人が喜ばれる選択を常に取り取り続けた結果、市議会議員として今活躍されていらっしゃるということですか?

そうなんですよ。幼稚園のときのきっかけで、もう30年以上も前の話なんですが、それが今の自分につながっていると思うと自分でもびっくりしますね。

ー幼稚園の悔しい思いが他の生活にも活きている?

色々あるんですけど、例えば、高校の時とかも、生徒会に入ってくれって言われて。
一応選挙があるんですけど、他に候補もいない状況だったので、僕が自動的に生徒会のメンバーになる形だったんですね。
ただ、うち中高一貫だったんですが、僕が生徒会メンバーになると、生徒会メンバーがみんな高校生になっちゃう状態だったんです。
中学生も誰かメンバーにいた方が良いんじゃないの?って声もあって。
それで、選挙の直近にわざわざ対立候補で中学生が立ったんです。
中学生がやりたいって言ってんだから、譲ってあげればいいじゃんって話にもなったんですけど。
でも最初に僕を生徒会に誘ってくれた人は、やっぱり僕にやって欲しいって言うし、周りももうその気だし。
だから、たぶんブレーメンの音楽隊の話がなければ、やっぱり譲っていましたね。
だけど、やっぱり周りの「やってほしい」と言ってくれた人たちに申し訳ないから。
そう、だから、本人とも色々話をして、最終的には選挙になっちゃったけど、翌年度には、その子にやってもらった。
ただ正面から戦うだけではなく、話し合うことによって、お互いに一番良い形にできればってね。

ーみんながウィンウィンになる選択を常に取り続けているんですね。市議会議員として働かれていても、そういう局面が多いのですか?

やっぱりいっぱいありますよね。我々の仕事は利害調整ですので。やっぱり全員がウィナーになることはほぼ100パーないですから。
そう、誰かはがっかりしてしまうけど、そのがっかりをどうやって少なくするかっていうところ。
だからね、3人いたとして、2人が100でも1人がマイナス10だとよくないから、じゃあ2人を90にして、1人をせめて0までは引き上げようみたいな、みんなが損はしないような落とし所を調整をするっていうのが非常に大切だから。

ーそれってすごい大変なことですよね。

自分が納得したらOKという訳ではないので。
僕が良いと思っても、他の人も良いと思わなければ意味ないですしね。
逆に言えば、どんなに頑張っても、その人からの納得は7割しかとれないな、と思ったら、その7
割を全力で取りに行くことも含めて交渉なので。

すべての施策には、いろいろな人の思いが乗っている

ーそこのコミュニケーションってすごく気を使うところですもんね。ちなみに、そういった中で、議員になってよかったなとかそういうことってあったりされますか?

やっぱり良いところはたくさんありますよ。直接成果が見えるじゃないですか?
国のレベルになると、何かを変えるのにものすごく時間がかかりますけど、市議会議員だと、やっぱり頑張れば変えられることの方が多いんですよね。
例えば、福祉の仕組みというところの解釈を変更して、利用できる方を増やしたり、成果が目に見えて分かるからやりがいとしてはものすごい大きいですよ。
実は、その成果を僕のホームページに載っけていて。
別に誰も僕のホームページなんて見てないかもしれないけど、何かの変化をするときって僕以外にもいろいろな人が関わっていて、その人たちの成果でもあるから、それを世の中に残していきたいっていう部分が強いんです。
それで、一緒に課題点を見つけたり、一緒に役所に訴えかけたりして、やっぱりそこは思いが乗ってくるところがあって。
例えば、犯罪被害者支援の取り組みをされていた方と、たまたまある集会で知り合って。その方は長年取り組まれていたんですね。
そして、その犯罪被害者支援の取り組みの条例を作るというのを私もお手伝いすることになって。
それで、犯罪被害者支援条例ができたんですが、実は条例ができる前にその方が亡くなってしまったんです。
犯罪被害者支援条例は、そんなに予算額も大きくないし、メリットを受ける人もどこまで多いのかっていうところで難しいところではあったんですけど、その方の思いが非常に強かったからこそ実現したものだし。
だからこそ、もっと早く条例が作れれば、その方にも条例ができた世界を見せてあげることができたなって。もう一年早く条例ができてたら、見せることができた・・・
だから、基本的に自分たちのグループだけではなくて、日頃からいろいろな議員さんなどに話しかけたりして、いろいろな人の意見を聞く場を作ることによって、スピード感を高めるようにしてるんです。

すごい志ですね。逆に失敗されたこととかってあるんですか?

一番の失敗は、NPO法人を運営していたときですね。
その時に学童保育の現状があまりよくないという話を聞いて。
子供達に十分な活動がさせてあげられてないんじゃないか?って自分たちは思っていて。
それで、もっと学童に通っている子供達に良い体験をして欲しいって思いで、それを打ち出して、ホームページ作ったり、チラシを作ったりしてワークショップを開催していたんです。
でも、何回目かのワークショップのときに、学童の先生から「私たちも誇りを持って先生をやっているのに、学童の現状が良くないって言われるのは、すごく傷がつくんですよね」って言われてしまって。
今思えば、誇りを持ってやっている先生たちに向かって、「今の学童保育は子供に良い体験をさせてあげられない場なんです」って打ち出すのは良くなかったなって後悔をしているんですよ。
自分たちが良かれと思ってやったことでも、誰かを傷つけることがあるんだなって。
そのときに、どんなことでも、当事者の両方の側から話を聞かないといけないんだなって思ったんです。
一緒に協力をしないと大きな志が達成できないのに、一方的な発言で協力者を遠ざけてしまってはダメですよね。そのときに、傷つけてしまった人たちのためにも罪を償っていこうって決心したんです。


ー確かに、同じ意見でも見方によって変わりますよね。こっちから見たら正しいけど、あっちから見たら間違っている、みたいな。


そうですね。しかも、自分たちの活動が新聞社やさまざまなメディアから取材を受けたり、いろいろな人から褒められたりして・・・良いものだって勝手に勘違いをしてしまっていたんですね。
それから、活動のやり方も改善していったんです。

難しいと思われていたことができた

ー具体的にはどのように改善されていったんですか?

具体的には、もう一回、その時の学童の状況や、自分たちにはどのような活動が望まれているのか?みたいな話を先生たちにヒアリングした上で、地域の人たちがどういう風に自分たちと共に働きたいか?みたいな話を聞くようにしました。
例えば、学童の子供たちと先生がやりたい活動に一番良いアーティストの方を連れてきて一緒にやりましょうってやったり。
他にも、ある学校の校長先生が「人前で話すのが苦手な子がいるんだけど、その子に演劇の主役をやってもらいたい」って言って、その子に主役をやらせてあげたり。
その子も、その保護者の方も、「さすがに主役は難しいかも」って思っていたから、校長先生は「そんなことない!絶対できるから、やってみなよ!」ってことを伝えたかったみたいで。
それで、半年前から練習して、すごく頑張って。公民館で劇をやったんですけど、大成功したんですよ。「やればできるじゃん」って。難しいことだと思っていたことができたんです。
自分たちの思いだけでやっていた企画だったら、そんな半年間も活動する企画なんてできなかったと思いますよ。
地域の皆さまや教室の人たちの思いが形になって実現したんです。

だんだんと自分たちの思いだけではなく、いろいろな人から話を聞いて、一番良い形は何か?ということを探す活動になっていった・・・
民間企業なら顧客ニーズを聞くって当たり前かもしれませんけど、当時の私たちには無かった考え方だったので、大きな失敗ではありましたけど、考えは変わりましたね。
だから、今の仕事にも活きてますよね。
別に私は全然偉くもないですけど、でも議員ってだけで偉いと思ってくれる人はいるんですよ。
その人たちの話を聞いて、ちょこちょこ仕事をしていれば仕事自体はできるかもしれない。
でも、そうじゃないなって思えたのは、その失敗があったからだと思います。

ー素晴らしいですね。失敗を乗り越えて、今の活動があるんですね。ちなみに、その後、学童の先生方からの反応ってどうだったんですか?

その活動をやめてしまう際には、「よく頑張ってくれてありがとうね」って言ってくださいました。僕たちとしては、すごく嬉しかったですね。

海老原直也議員2

お互いの意見を聞かないと独善的になってしまう

ー議員の活動では、具体的にどのようなところで役立ってますか?

何から何までそう言い切れると思うんですけど、なんだろうな・・・
まあ、いろいろ問題が起こる訳ですよ。例えば、突然、幼稚園が閉園になりますっていう時に、それに賛成の人と反対の人がいるんですが、一方的な立場での意見で考えるのではなく、賛成意見と反対意見、両方から話を聞いてみて、お互いのニーズを探っていくということがありますね。
他にも学校のアレルギーの問題なんかでも、アレルギー対策をしてほしいという話が上がってきたときに、そのまま議会の場で取り上げてもよいんですけど、それでは一方的になってしまうので、要望書を出して意見交換の場を持ちましょう、みたいな。
僕の場合だと、毎回そうやるんですけどね。
そうすると、お互い、市役所の側も、なんでこの人たちがこういう要望を出すのか分かるし、要望を上げている人たちも市役所の人の事情が分かるんです。
少なくても役所仕事が嫌だから反対している訳ではなくて、予算とか設備とかいろいろな問題があることが分かって。
今は取り組みができないかもしれないけど、本当は市役所の人にもこういう思いがあって、というのが分かるんですね。
一方的に意見をするんではなくて、一回両者の意見の場を持ちましょう、というのは、僕自身の独自の取り組みだと思っています。
そうしないと、独善的になってしまって、本当だったら実現できたことが、頑なになることによって実現できないことがあるんですね。
仮に正論だとしても、急に正論を言われると「やりたくないです」っていうことが絶対に出てしまう。
0か100かみたいなことにもなってしまう。でも、対話をすれば、100は無理でも、ここまでは共同でできるなってことがあるんですよね。

ー素晴らしいですね。確かに自分と違う意見の人がいると、それを頭から否定してしまう方が多いと感じています。でも、見方や立場を変えれば、相手の意見も一理あると思うことも多いです。


そうですね。やっぱり、そのような考えの人が増えてくると、もっと生産性の高い議論ができてくるんじゃないかな、と思います。
意見が対立したとしても、お互いの立場でものを考えられなければ、批判して終わってしまうことになっちゃうんですよ。
「その考えは間違っている」って言うだけ。
そうではなくて、本当はお互いに相手の意見を尊重して、落とし所はどこなのか?を決めた方が、生産的な議論になると思います。
もちろん、それでも相手の意見が全く変わらないんだったら、どこが問題点なのか?しっかり公で批判することは正しいことだと思います。
特に議会はそうですね。議会と行政でバチバチやらないといけない訳ですから。
議会と執行部で良いものを作っていきましょうっていう仕組みですから。


ー確かにそうですね。ただ議員同士がバチバチやっている方が多い気もしています。

確かに政党などもあるので、意見対立をすることはありますね。
ただ、そこでバチバチしてても仕方ないですから、やっぱり対話をすることを心がけています。
一応、僕の場合は、議論を円滑に進めるためにも、議員の方全員といつでも世間話ができる関係でいようって思っています。

いろいろな人の思いが少しずつ実現することによって大きな変化になる

ーただ、理論的なだけではなく、常に相手の立場も考えられているんですね。最後に、議員として今後のビジョンを教えてください。

僕がやりたいことではなくて、市民の人たちがやりたいと思ったときに、しっかりとできるような仕組みを作りたいです。
いろいろな施策があったとしても、それぞれやりたいことって皆さん違うじゃないですか?例えば、プレパラートみたいな感じで・・・


ープレパラートってなんですか?

えっ知らない?あの理科の実験で顕微鏡で物を見る時に使う、めちゃくちゃ薄いガラスの板ですよ。
プレパラートって、一枚だとほとんど厚みがないんですけど、積み重なっていけば一つのガラスの塊になっていくわけですね。
一人では大きな変化を起こしたくても、起こせない。
僕が一人で孤軍奮闘して、「こんな街作りがしたいんだ」っ訴えても、大したことは起こらないんですよ。
でも、いろいろな人が思っていることをちょっとずつ実現していって、あとは自分たちで動けるようにしてあげれば、大きな変化を起こせるかもしれない。
そこの化学反応を起こしてもらうことが僕の仕事だと思っているから、選挙のキャッチコピーも”「理想の街」を、あなたととも”にってなったんですね。
僕がガラッと変えていく訳ではない。皆さまと一緒に変えていくんだ、一緒にやっていきましょうってことを言いたい訳です。
それが本当の街作りだと思うんですよね。

ーすごく合理的な考え方ですね。

そう、合理的だと思います、そっちの方が。
対話をしてみんなで作っていく。
でも、ずばっと良いアイデアを持ち込んだ方が格好良いみたいになっちゃう。
それをみんなが称賛してしまうから・・・たぶん、僕が市役所の方とか市長とかをめった打ちにしていたら、褒めてくれる人たくさんいると思うんです。
もちろん、僕にもそういうところもありますよ。やっぱり、そういう人たちと一緒に街づくりをしている訳だから、厳しいことを言って欲しいと言われれば、それは厳しいことを言う時もあると思います。
でも、それだけに転がっていてはダメだと思うんですよね。
政治家の仕事って、0を1にする仕事ではなくて、マイナスを0にする仕事なんです。
政治の世界では、0を1とか、1を10にする仕事って、「あの仕事は面白かったですよね」で終わってしまうことが多い。
でも、マイナスを0にすれば、一人の人を救うだけではなくて、多くの人に波及する可能性があるんです。
もしかしたら、マイナス100がマイナス99になるだけかもしれない。
けれども、それを積み重ねていって、いつか0にするってことがすごく大切なことだと僕は思います。

【プロフィール】
海老原直矢(えびはらなおや)
昭和62年 千葉県我孫子市出身

平成18年3月 茗溪学園高等学校卒業
平成22年3月 上智大学法学部国際関係法学科卒業
平成24年3月 首都大学東京大学院社会人類学教室修了
平成25年4月 特定非営利活動法人国連UNHCR協会職員
平成26年10月 衆議院議員古川元久秘書
平成29年7月 衆議院議員大島敦公設第一秘書
平成29年12月 上尾市議会議員に当選

【ホームページ】
上尾市市議会議員 えびはら直矢 公式WEBサイト